芦原濱太鼓会-堺まつりふとん太鼓連合保存会-大阪府堺市

  • 会長ー副会長
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    兄若
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    現場責任←統括、運行指示
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    補佐
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    若仲頭←準備、運営、管理など
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    青年団

  • 初代ふとん太鼓
    芦原濱ふとん太鼓の歴史は大正2年(1922年)に初代太鼓台を購入したことから始まります。それ以来、昭和19年まで開口神社八朔祭には13台中常に宮入順位5番で宮入していました。 しかし、非常に残念な事に昭和20年7月の堺大空襲により戦渦の中に消失してしまいました。
    2代目ふとん太鼓
    戦後しばらくし、昭和29年(1954年)に漁師達が船を出し淡路島へ行き、2代目ふとん太鼓を購入しました。この太鼓は当時の太鼓台としては現代風のバランスで作られ、狭間の彫刻も非常に詳細に彫られた物でした。 この狭間の彫刻は長年芦原濱では「松田正幸」氏の作であると伝えられていましたが、近年改めて調べてみると他所の松田氏の彫物が施された数台の太鼓と比較した結果、別の彫師の作品であると考えられるようになっております。 現在有力なのが「開正a」氏の作ではないかという説で理由として先代出島太鼓台(現在の高安地区神立)の彫物と非常に酷似している部分が多い事があります。 2代目ふとん太鼓購入後、昭和37年までは毎年八朔祭に担ぎ出されておりましたが、昭和37〜40年にかけては太鼓蔵に眠ったままになってしまいました。 その後、昭和41年には若衆の担ぎ手も多くなり再び八朔祭に担ぎだされるようになりました。 しかし、昭和57年堺まつりに参加する為、太鼓蔵から太鼓台を引き出す際にバランスを崩し横転させタガヤの部分を損傷してしまい、本体を買い替える事となりなした。 この2代目の太鼓台は現在修復され淡路島では「倭文高」太鼓台として活躍しております。

  • 3代目ふとん太鼓
    3代目ふとん太鼓は昭和58年に新調され、「狭間」「匂梁」の彫物は2代目の物を引継ぎ、当時の金額で950万円で、2代目より少し大きめで四角には親子の狛犬の彫物を、 四本柱にはふとん太鼓として初めての胴綱受け用(胴綱受けのはしり)の狛犬の彫物を施しました。御堂筋パレード平成3年にふとん太鼓として初めての御堂筋パレードに出場し、3.3kmもの距離を担ぎ通し大成功致しました。 芦原子供ふとん太鼓・オランダ独立記念パレードへ平成12年はオランダと日本との友好四百年の記念すべき年に当たり、 オランダのライデン市に於いて10月3日に行われるオランダ独立記念パレードに日本の祭りの山車を参加させようと蘭日友好の担当者である川端喜美子氏が中心となり、 オランダと以前から交流のあった堺国際交流協会会長加藤均氏に依頼され、当町会の子供ふとん太鼓が出場する事になり、現地での組み立て指導等に芦原濱太鼓会より五名が参加しました。パレード当日は快晴で、 約5kmの道のりをライデン大学の学生と一般のオランダ人とオランダ在住の日本人とで協力し、担ぎきりました。子供太鼓とはゆえヨーロッパの都市をふとん太鼓が練り歩くのは初めての事であり、 沿道につめかけたヨーロッパ各国からの見物客約50万人に大変喜ばれ、大成功を収めました。

  • 昭和58年より担がれて来た三代目ふとん太鼓ですが平成23年の堺まつりをもって芦原濱での役目を終え此花区高見町へと受け継がれる事となりました。最後の年という事もありパレード終了後そのまま地元まで担いで帰り次の週の昇魂式にて無事に約三十年間の芦原濱三代目ふとん太鼓としての役目を終えました。その後、飾りの新調や本体の改修を終え平成24年の夏祭りより高見ふとん太鼓としての新たなる歴史が始まりました。 平成24年4月29日入魂式に執り行い芦原濱四代目ふとん太鼓の歴史は始まりました。この新しい太鼓台は「他所と違うものがいい」という芦原濱の伝統的な基本方針をコンセプトに考えられ黒檀の8〜9倍の価格がつく「黒柿の孔雀杢」を用いた日本で初めての太鼓台として誕生しました。その他にも戦後堺初の跳ね勾欄の採用や芦原濱に伝わる神功皇后の伝承を装飾品や本体の彫刻などに取り入れています。この四代目ふとん太鼓の新調にあたり長年の積立に快く応じてくださった芦原濱太鼓保存会の皆様と御寄附を頂きました町会や各種団体の皆様、各企業や協賛者の皆様方には厚く御礼申し上げます。この平成24年は大正2年に初代ふとん太鼓を購入し開口神社に奉納し始めて百年目にあたります、初代から四代目になるまでの百年の歴史の中には芦原濱の先輩方の祭りを継承していく上での絶え間ない努力があり今日の芦原濱がある。その事を忘れずに次の百年先まで堺に「ふとん太鼓」の祭りが存在するように今の世代が次の世代へと正しく継承していけるように今の芦原濱全員でふとん太鼓を奉納し続けてゆきます。

芦原濱は平成24年ふとん太鼓奉納百年を迎え四代目ふとん太鼓に生まれ変わりました。四代目ふとん太鼓は太鼓台としては日本で唯一の黒柿を用いた太鼓台として誕生し、戦後堺初の跳ね勾欄の採用や先代から引き継いだ 「鬼面一族」の隠し額、芦原濱に残る神功皇后の伝承からの彫刻や装飾など「色々な箇所に色々な工夫を」施した芦原濱らしい太鼓台です。