大南戸川隅田青年団-堺まつりふとん太鼓連合保存会-大阪府堺市

  • 大南戸川ふとん太鼓隅田青年団は、兄若会・三役(団長・副団長)・実行委員会・若頭・若頭五人組・若中・太鼓叩き・婦人会の有志が集まり、運営している団体です。
    共に祭りを熱く盛り上げる青年団も随時募集しております。



  • 大南戸川のふとん太鼓は、元々天神社所属のものでした。その理由とされるのは、この太鼓台は遠里小野在住の人物で、地車を手掛けていた 腕利きの某大工が、 五コ町と呼ばれた殿馬場の酒造屋の某社長二名の要請によって、腕をふるって完成した地太鼓(堺型太鼓台)でしたが、どのような理由が生じたのか、その後まもなく上石津(現堺市堺区石津町)に売却されました。 時は明治四十一年の事です。
    上石津では、「晒仲」と銘打って舁がれていましたが。余りの重量に閉口していたところ、南旅篭町農人町の有志に望まれて、売却の運命となったものです。
    それは明治四十三年の事と云われています。
    農人町の有志達は寄付金を募って、この太鼓台を購入したもので、有志発起人たる丹治氏(煉瓦)・島野氏・赤野氏・高田氏(長治郎)・田中氏等は、 当時の金額にして金十円也をそれぞれに醵出して、一般よりは自由なる寄付金を仰いだものでした。
    太鼓台はここに「大南戸川」と改名され、五丁町の氏子を代表する名題のふとん太鼓となりました。 (ちなみに五丁町とは、次の町並みです。南旅篭町農人町・新在家町農人町・隅田・少林寺町農人町・題目堂でしたが、何故かいちばん地域の小さい隅田が有名となり、 太鼓台も一名「隅田の太鼓」と呼ばれたものであり、現在でも「ふとん」の所には「○」に「隅」と印されています。)
    現在の大南戸川ふとん太鼓台は、上記の通り百余年あまり受け継がれてきた先代の太鼓台から、平成二十六年七月に現太鼓台に新調されました。先代の太鼓台に負けることなく、新たな歴史を作っていき、大南戸川ふとん太鼓隅田青年団は、一丸となって祭りを盛り上げていきます。

大南戸川隅田青年団は、会長、兄若会、団長、副団長、実行委員会、若頭、若頭五人組、若中からなる団員70名ほどの組々な方々の多大なる御支援御協力のもと、太鼓台は平成二十六年七月に新調することができました。
これからもより一層堺の発展の力になれるよう、青年団一同頑張って参ります。